宇治地方の茶摘みうた

BGM ♪茶摘み♪を入れております

資料・・宇治市文化財愛護協会『宇治地方の民謡』より

   宇治はよいとこ北西晴れて
         東山風  そよそよと
   お茶を摘むなら下から摘みやれ
         上のずあいは  あとで摘む
   宇治は茶どころ茶は縁どころ
         娘やりたや  婿ほしや
   宇治はよいとこ玉露の本場
         色もよければ味もよい
   猿が茶壷を背たり負うて背負うて
         宇治の茶山を  今越えた
   今年やこれ切り又らい年の
         八十八夜のお茶で逢う
   宇治の橋には名所がござる
         お茶の水汲む  これ名所
   さてもやさしや蛍の虫は
         しのぶ縄手で火をともす
   宇治の橋には蛇がいるぢゃげな
         こわい蛇ぢゃげな  うそぢゃげな
   竹に雀はしなよくとまれ
         とめてとまらぬ  色の道


 「ずあい」とは、細く長くのびた枝のこと。「縄手」は、田の道のこと。『八十
八夜」とは、立春から数えて八十八日目で5月1日か2日に当たります。

   あれに見えるは茶摘みぢゃないか
         茜襷に菅の笠
   主は焙炉(ほいろ)にこがれていよと
         私や茶園で  うわの空
   神に一心お茶には二心
         かけてみやんせ  きっときく
   今年お茶には茜の襷
         今度五月にゃ黒だすき
   人の前で薄茶ぢゃけれど
         主の濃茶で  目をさます
   今宵庚申濃茶を飲んで
         話し明かそか  主さんと
   ぬるいお茶でもお前の手から
         ついでもらえば  あつくなる
   朝の茶の湯に茶柱立って
         運の開きか  花が咲く

   茶摘みしてでも養いまする
         あつい焙炉は  やめなされ
   泣くななげくな五月にゃ帰る
         遅くて六月中ごろに

   宇治で儲けて田原で使うて
         花の朝宮で  まるはだか
   わしがままなら茶摘みはささぬ
         涼し二階で昼寝さす
   寝たやねぶたや寝た夜はよかろ
         摘んで寝た夜は  なおよかろ
   お茶を買おとて来たのでないが
         ここの娘に  会いに来た
   茶摘みしてでも養いまする
         わたしゃお前の  妻ぢゃもの
   新茶古茶なら壺へ入れて囲え
         娘囲うな  おばあになる

 「庚申」というのは、庚申の夜、仏家では帝釈天及び青面金剛を、神道
では猿田彦を祭って寝ないで徹夜する行事をいいます。 
 「宇治で儲けて田原で使うて・・・・・・。」というのは、焙炉師も茶摘みさん
も出稼ぎの人が多く、宇治を終えたら田原、田原をすましたら朝宮へと仕
事場を移していきます。儲けたお金は、さかんに博打に使ったといいます。
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宇治地方の茶摘み歌には 「投げ節」 と 「みきや節」 とが伝えられていま
す。「投げ節」 「みきや節」の歌詞は共通に用いられていたようです。又、「
ほいろ節」 にも用いられています。旋律は 「投げ節」 の方が古く、お茶壺
献上の祝歌としてうたわれていたようです。広辞林に依れば、『明暦から元禄
にかけての流行歌。島原の遊女河内がうたい、はじめの頃は、歌の末を「や
ん」と投げてうたったのが、後にはいいすてるように変化した。三四、四三、
三四、五の詞形で調子の低い三味線にあわせた、『なきぶし』とあります。


       お茶が済んだら早よ帰れよと
          言うた親より  殿が待つ
     誰もどなたさんもおうたいなされ
          うとうたとて  器量は下りゃせぬ
     お茶師番頭さんに上げたいものは
           ちぎの分銅で  横面を



この歌は、我が家の祖母よねの口述で歌われました。 
ちぎ」は量りのこと。茶摘みは当時、出来高払いでした。番頭さんに目方を
ごまかされた茶摘み女の激しい怒りがうかがえます。